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2008-11-25 Tue
BLAZBLUE PV
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2008-10-16 Thu
Image092.jpg
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2008-05-04 Sun
Prologue
遠くに土煙が激しく上がっている。微かな徒労感に襲われながら林栄(りんえい)は見つめていた。
「またか、毎日ご苦労なこった」
今日もまた隣国である詠(えい)の国が攻めてきた。このところ毎日のように国境を攻めている。自国である艾(がい)と隣国の詠は建国当初からお互いに啀(いが)み合っていた。特に詠の国は一年を通して執拗(しつよう)に国境線を攻めてきては領土を少しでも広げようとしている。
 林栄は国境線上に在る金城の城主である。
「全軍戦闘態勢をとれ 」
敵がどんどん押し寄せてくる。
「弓兵は矢を番(つが)えよ」
 弓兵が一斉に弓の弦に矢をあてた。
 ようやく敵軍が矢の届く範囲内にまで入ってきた。
「まだだ、もう少し待て」
 敵がすぐそこまできていた。それでも林栄はまだ敵を引き付けた。
「今だ、放て」
 敵軍に矢が雨霰(あめあられ)のように降り注がれる。歩兵は盾で矢を防いでいるが、犠牲になる者も少なくなかった。
 それでも敵は怯まず前進してくる。城壁に次々と雲梯(うんてい)が掛かった。敵兵が蜘蛛のように城壁を攀じ登ってくる。
「石を落とせ。それでも登ってくる奴は斬り殺せ。一人も城内に入れるな」
 登ってくる敵の多くは石の犠牲になっている。それでも登ってくる敵は全て斬り殺した。
 こちらの士気は高い。このところ勝ち続けているからだ。しかし勝ち続けているとどこかで気持ちが緩んでくる。そうならない為にも毎日兵たちを調練している。
 敵軍のなかに一際目立つ奴がいた。土煙の中でもはっきりと視認できる黒い鎧に白い馬という相反した色の組み合わせをしている。高猿燬(こうえんき)である。
 このところずっと同じ城を攻め続けている所為(せい)か少し苛立っているように感じられた。今日はいつもよりも力任せに押しこようとしている。
 衝車(しょうしゃ)が城門を突き破ろうと押し寄せてきた。
「油を撒(ま)いて火を放て。全て燃やしてしまえ」
 衝車に油の入った瓶が投げられたと思うと、すぐさま火が投下され瞬く間に衝車から火があがった。逃げ惑う敵兵たち、中には鎧に火が点いて地面を転げ回る奴もいた。
 4刻(2時間)程こうした戦闘が続いた。
突然、敵軍の後方から鐘の音が聞こえてきた。どうやら退却の合図らしい。
高猿燬は渋々兵たちを纏(まと)めて退却していった。
城中から歓声があがった。今日も見事敵を追い払ったのである。詠もそろそろ苦しくなっているであろう。今日か明日にはこの戦線から引き上げる筈だ。
「敵の動きをよく見て置け。少しでも異常があったら直ぐに報告しろ」
 林栄は武将たちを招集し軍議を開いた。
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2008-05-04 Sun
よろしくお願いします
これから小説を書いていきたいと思います。

至らぬところが多いと思いますが読んで頂けたら光栄です。

よろしくお願いします。
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2008-05-02 Fri
赤壁の戦い
三国志の中でも特に有名な「赤壁の戦い」、この戦いでは蜀と呉が手を結び魏を倒そうとしたのだが、惜しくも曹操を捕り逃してしまいました。
さて、この戦いでその名を轟かせた名軍師’諸葛亮孔明’。この孔明が東南の風を呼び、見事火計が成功しました。しかし、これはただ孔明がこの時期に偶々東南の風が吹くことを知っていたに過ぎず、孔明の力ではありません。この戦いでは孔明の他にも沢山の将軍のお陰で大勝することができました。そこで今回はその内の2人の軍師と将軍、’龐統士元’と’黄蓋公覆’について少しお話しましょう。
先ず、龐統についてですが生まれは襄陽で、諸葛亮と同じ司馬徽門下生である。諸葛亮を臥龍、龐統を鳳雛に喩えた事は有名です。この龐統は実は火計を成功させるのに大きく貢献しています。赤壁の戦いの前、魏の曹操に会いに行った際、赤壁の戦いで勝てる何かいい索がないか聞かれたのですがこのとき龐統は「艦(ふね)を繋げて陸地のようにし、兵たちが動きやすいようにしたらよいでしょう」と言い、曹操は「それは名案だ」と、その索を採用してしまいました。曹操は後にその索の所為で苦しめられます。
次に、黄蓋ですがこちらは零陵の出身です。赤壁の戦いの真っ最中に相手に偽の降伏を申し込みました。このとき曹操に見破られないよう、わざと黄蓋は棒罰(苦肉の索)を受けました。
戦いの最中に敵に降伏する振りをして艦に火を付けました。そして愈々ここで龐統が役に立ってきます。曹操は龐統の言うとおりに艦を全て繋げてしまっていたし、その上風まで吹くので火は直ぐに全ての艦に燃え移りました。
こうして結局曹操は敗れましたとさ。
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